こんどの旅の予定に甲子園球場はなかった。
7月に入ったある日、Sから電話が来た。
「甲子園の切符が手に入ったぞ」
なんでも、旅行代理店に勤めている友人から、
甲子園球場観戦ツアーがキャンセルになったから、
切符を25枚ほどさばいてくれ、といわれたらしい。
その切符はあっという間に売れてしまったという。
さすが、今年の阪神戦は人気があるんですね。
車が甲子園に近づいた頃、Sが友人に電話をした。
その友人は米原から何人かで来ていて、
駐車場に車を停めていた。
「いくらだ?」と訊くと「1,500円」ということだった。
その場所に行こうと高速を降りてからうろうろした。
そのとき鳴尾という駅の近くを通った。
その辺は21、2歳のとき来たことがある。
23歳で死んだ友がその頃、
東京の会社を辞め、鳴尾の新聞配達所にいた。
そこに私は1泊したことがある。
翌日、バカな友は配達所を辞め、
私を連れて、彼のふるさとの山口に行った。
そのときの新聞配達所があるのではないかと、
私は車の外を眺めた。
しかし、記憶力の悪い私が覚えているわけがない。
街角に、若い私と友の姿を見た。
ちょっぴり、甘酸っぱい想い出にひたった。
ケータイで連絡をとり、Sの友人と会う。
車に乗ってもらって、駐車場を探す。
球場に近いところは5,000円だった。
少し離れると3,000円、2,500円となる。
なんとか1,500円の駐車場を見つけた。
何百台もおける駐車場だった。
道を歩いているのは、
当たり前のことだが、阪神ファンばかり。
タイガースのユニフォームのTシャツを着ていて、
手にはメガフォンを持っている。
私の好みで目線は可愛い女の子を追う。
いやー、実にかわいいコが多かった。
おそらく“にわか”阪神ファンがいるのだろう。
歩道に沿って阪神グッズを売るお店が並んでいる。
甲子園で阪神戦がないときは、
この人たち何してんだろうと心配してしまう。
車のドアを閉めたときロックしたかな、と不安になる。
そう考えると心配性な私はどうしょうもなくなる。
Sにいって、車に戻ることにした。
目の前に憧れの甲子園球場は迫っているというのに。
広い駐車場で、なんとか車を探して
ドアを確認すると閉まっていた。
私のこれまでの人生はいつもこんなことをしている。
ひとりで球場まで行く。
この阪神ファンの熱気に包まれて、
歩いていることがしあわせだった。
ジェット風船を手に持って売っているおばさんがいた。
これを買わなければ甲子園に来た意味がない。
買いました、6コ入って200円。
出来ればメガフォンも欲しかったが、
荷物になることを考えると買えなかった。
目の前に甲子園球場が近づいてきた。
いよいよ憧れの阪神戦を観られるのだ。
雨も降らずなんとか試合も出来そうだった。
球場の入口にSと友だちはいてくれた。
私はショルダーバッグからチケットを出した。