九想庵

埼玉の田舎で暮らしています

急行きたぐに

試合が終わり、勝った広島の応援席は燃えていた。
阪神ファンはそれを横目にスタンドをあとにする。
阪神が勝っていたら、
私たちはどうなっていたのだろう。

私はむかし、阪神ファンの職場の同僚と、
神宮にヤクルト阪神戦を観に行ったことがある。
そのとき阪神が勝ち、私は見ず知らずの人と肩を組み、
六甲おろしを何回もうたった。
その頃べつに好きなチームはない私だったが、
それから阪神ファンになったように思う。

「これだけ勝ってる阪神の負けた試合を観られるなんて、
 おれたちはしあわせだよ」
そんなことをいって自分をなぐさめ、
私たちは駐車場に戻った。
私は甲子園駅まで車に乗せてもらった。
お世話になったSは、友人と米原に帰っていった。

ひとりになった。
さびしいが、この感じが好きだ。
大きなバッグが肩に食い込む。
甲子園球場から駅までの広場に佇み、
煙草を吸い、しばらく人々を眺めていた。
阪神が勝っていたらその人たちは狂っていただろう。
その夜はみな静かだった。

改札口から入ってもなかなか前に進まない。
駅の通路を人間が隙間なく歩いている。
やっとたどり着いたホームに電車が滑り込んで来た。
私は乗り込んだ。
阪神梅田駅に着いたのが午後10過ぎで、
急行きたぐにが発車するまでには1時間以上あった。
JR大阪駅まで歩き、
地下のコンビニで冷やし中華とおにぎりを買った。
急行きたぐにが出るホームのベンチに坐り、
透明の容器に入った冷やし中華を食べた。
11時過ぎ、急行きたぐにが入ってきた。

寝台車なんて何年ぶりだろう。
私はそこにあった浴衣に着替えた。
バッグには、淡路島のホテルで飲み残した酒がある。
横になって文庫本を読み、
ときどき身体を起こして酒を飲んだ。
11時26分に急行きたぐには出た。
寝台車の揺れが心地よかった。

5時前に目が覚めた。
電車は富山県を走っているはずだ。
その頃に、入善に着くことを知っていた私は、
窓のカーテンを開け、外を眺めていた。
入善には友だちがいる。
T大生協で一緒に仕事をしていた友だ。

むかし、私は入善を訪ねたことがある。
いい町だった。
何年か前、彼が東京に遊びに来たこともあった。
入善に着く時間がもう少し遅かったら、
友に連絡して会いたかった。
5時5分、急行きたぐに入善駅に到着した。
やさしい彼の顔が浮かんできた。
昨年、彼が富山で参加している同人誌を送ってきた。
今でも小説を書いていることを知りうれしかった。
むかし、T大生協にいたとき、
彼ともうひとりと3人で、同人誌を作ったことがあった。

8時半には新潟に着く。
それまで私はもう一度目を閉じた。