家に着いて私はシャワーを浴びた。
息子の家には車で行くことにした。
息子が駐車場を借りてくれるはずだったが借りられなかったらしい。
最初電車で行こうと思っていたが、やっぱり車にした。
朝霞のスーパーか図書館の駐車場に
停められるだろうという安易な気持ちからです。
Uの家まで7キロぐらいだった。254号(川越街道)は大渋滞だった。
先日、長野・群馬の254号を走っていたのに、今日は埼玉の同じ道だ。
総合体育館の駐車場が空いていた。
そこから息子のマンションまでは徒歩10分ほどで行けた。
13階建てのマンションの3階に息子の家はあった。
3LDKという間取り。駅から15分程度で来られるのか。
そこをUは、29歳で買った。
私なんて家を買うという考えはまったくなかった。
双子の息子たちを大学までやるというだけで精一杯、
そんな余裕はまったくなかった。
こんな私の息子たちは、20代でマイホームを手に入れた。
息子2人が結婚して、マイホームを持ち、Kのほうは子どももいる。
そういうふうに息子たちがなってくれたことを親として喜ぶべきだろう。
息子たちが大学を卒業する7年前も不景気で就職も大変だった。
Uは、17・8社受けたと聞いている。
なんとか2人とも就職して、そのまま転職もせず勤めている。
大学を出るまでは、いろいろ子どもたちのことを考えたが、
大学を出てからはほとんど考える必要がなくなった。
いやそれより、自分が失業し、職安通いをしたり、
警備員の仕事をしたりと辛酸をなめた。
50代になって私は、転職を4回している。
嫁がケーキを出してくれた。
私たちはそれを食べて、20分ほどいて家を出た。
沢山いろんなことを話したかったが、話せなかった。
息子と嫁の元気な顔を見られただけでいい。
ホントのところ、嫁とトロンボーンのことについて話したかった。
嫁は高校生のとき吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたらしい。
Uの仕事のことなど聞きたかった。
息子は、金融関係のコンピューターシステムの仕事をしているが、
具体的にどういうことをしているのか知らない。
それをおおまかでいいから聞きたかった。
息子たちのプライベートの暮らしのことを聞きたかった。
2人とも大学のグリークラブにいた。
今は、歌いたくないのか?なんて聞きたい。
しかし、それらのこと一切話さなかった。
「元気でいればいい」なんて息子と嫁にいってさりげなくマンションを出てきた。
心の中は、未練たらたらなのに…。
私と女房は、息子のマンションを眺め、
息子の成長を確認できたそこそこの“しあわせ”を感じながら、
朝霞の街を車の停めてある駐車場まで歩いた。